地域の交流・経済をデザインする

“ナリワイ”と“暮らし”の共存をコンセプトとした「欅の⾳terrace」は、東京都練馬区桜台に建つ鉄骨造2階建てのアパートを、店舗兼用住宅としてリノベーションしたものだ。

13住戸と、既存の1戸を共用の多目的スペースに改修した「Do スペース」からなるこの建物は、各住戸の玄関側のスペースを小規模な店舗として使うことができる設計で、さまざまな生業をもった入居者が暮らしている。

また、地域との交流を重視し、2018年11月の完成以降、2〜3ヶ月に1度のペースでマルシェを開催。入居者のお店に加え、Doスペースやテラスで季節ごとのイベントや外部からの出店もあり、街に賑わいを生み出している。

 

 

左からつばめ舎建築設計の若林拓哉さん、永井雅子さん、オーナーの池田佳瑛さん

 

  • 池田佳瑛  欅の音terraceオーナー
  • 永井雅子  1969年 石川県金沢市生まれ  つばめ舎建築設計 共同代表
  • 若林拓哉  1991年 神奈川県横浜市生まれ  ウミネコアーキ代表 / つばめ舎建築設計パートナー

 

「欅の音terrace」のオーナーである池田佳瑛さんは、練馬区桜台で祖母がはじめた賃貸業を継ぐ3代目だ。同地域内で複数のアパートを経営し、常に新しい挑戦を心がけている。「欅の音terrace」のリノベーションを手がけたつばめ舎建築設計の永井雅子さん、若林拓哉さんとオーナーの池田さんに、今回生業を持つ暮らしへの挑戦や、練馬の地域の変化についてお話を伺った。

 

 

桜本知佳(以下. 桜本)──建物を改修するにあたって最も重要視したことは何でしょうか。

 

池田佳瑛(以下. 池田──「欅の音terrace」は、母の建てた「加山ハイツ」というアパートをリノベーションしてつくられたものです。この建物には母の思いいれもあったので「残せるところは残したい」と考え、改築ではなくリノーベションにしました。ですから柱や建具をそのまま残せる範囲で残してあります。

 

永井雅子(以下. 永井──部屋の和室の木の部分は、大工さんの造作がしっかりしていて、よい状態だったので、一部柱や梁を意匠的に残しました。

 

桜本──土間、奥の間、水回りという基本の構成をもとに、部屋ごとに少しずつ異なるプランにされていますが、その意図や狙いをお聞かせください。

 

永井──入居者のみなさんが何を生業とするか想定しながら設計しました。それに伴って土間の広さや窓の大きさをいくつかのパターン想定をしました。

 

川田優太郎(以下. 川田──欅の音terraceが完成して、近隣の方の反応はいかがでしょうか。

 

池田──欅の音terraceができたことによって「すごく賑わったね」、「夜道が明るくなった」とお声をいただきました。もちろん全員の声を聞けている訳ではないですが、ご近所の方がマルシェに来てくださるということで肯定的に捉えています。

 

永井──工事中から池田さんが、ご近所に挨拶にまわられていたので、完成後もマルシェを開催にするにあたってスムーズに受け入れて貰えました。

 

池田──もう何十年も地元との繋がりがあっての今だと思っていますので、その辺は本当にご理解をいただけていると思います。

 

川田──8月3日のマルシェで4回目を迎えましたが、マルシェを通して居住者同士や周辺との関わり方に変化は見られましたか?

 

永井──当初はつばめ舎がファシリテーターとして、マルシェ開催に必要な備品や準備を行ってきたのですが、前回あたりから入居者さんたちで企画提案を立てたり、自主的に動き出している様子が見られるようになりました。

 

若林拓哉(以下. 若林──段階的につばめ舎は管理を離れ、1年後くらいには入居者さんたちで、自主的に企画を行っていただくかたちにシフトチェンジしていくのが理想的だと考えています。

 

飯田彩(以下. 飯田)──お2人とも建築家なので、イベント企画は本業ではないと思います。こういった企画は以前からやられていたんですか?

 

若林──運営や企画に慣れているわけではないですが、設計をやっているなかで「内覧会をやりましょう」となったときに、こういった準備は必ず発生するので、その延長の話ですかね(笑)。イベントを盛り上げられるように周りを見ながら勉強して、何度も挑戦して、慣れていく感じですね。

 

下吹越武人(以下. 下吹越)──小商いをテーマにしようと提案されたのはどちらからなんでしょうか。

 

永井──池田さんの提案です。入居者さん、地域の方とのコミュニケーションを取りたいという思いをキッカケに、企画・不動産担当の藤沢さんが行なっていた郡上八幡の町屋形式を見本に、企画を練りました。

 

飯田──以前、賃貸物件としての特徴を出したいとおっしゃっていましたね。

 

下吹越──賃貸の物件として特徴を出したいというお考えは、賃貸業の競争が厳しいからでしょうか?それとも、この地域がもっとよくなればとの思いからなのでしょうか。

 

池田──競争が厳しいとは個人的に考えたことはありませんが、これから自分が将来を見据えた際、祖母や母と同じことをしていても変化がないので、何か違うことをやってみたかったんです。そのひとつが小商いです。以前、仕事で那須に通っていた際、自宅を開放してパン屋さんや、染め物屋さんをやっている小さなコミュニティを見つけて、そこに通っているうちに、たくさんの友達ができたんです。そこで「こんな場所が東京にもあったらいいな」と思って、賃貸業と繋げてみたかったことがきっかけです。

 

下吹越──人と違うことをやることは、当然リスクもあります。なかなか踏み出しづらいものですが、池田さんはその1歩を踏み出す勇気を持っていらっしゃるんですね。最近、個人の方の賃貸集合住宅を設計する機会があり、クライアントから「街に対して開きたい」という要望をいただいたことがあったんですが、最終的にはいろいろな不安が勝って、実現しませんでした。

 

池田──その不安は何だったんですか?

 

下吹越──街に開くと不特定多数の人が来ますし、その運営や維持管理を自分で仕切るイメージが湧かなかったんでしょうね。自分自身にそのノウハウがないと、他者に委託しなければならないので、コスト管理も厳しかったんだと思います。

 

川田──欅の音terraceでは、管理会社に委託せずに入居者の皆さんで建物の管理を行っているとお聞きしました。自主管理にしたことも成功の大きなポイントだと思いますが、そこに至った経緯があればお聞かせ下さい。

マルシェのイラスト(ナリ間ノワプロジェクトホームページより)©️イスナデザイン

 

池田──自然な流れのような気がします。管理会社と契約していても、水漏れや電気のトラブルが起きたら、祖母や母がやれることはやってきましたし、その苦労を何十年と見てきました。ですが、大家も年齢を重ねるに連れて動きが狭まりますから、大家の年齢や状況によらず自立して運営できる仕組みとして、自主管理に踏み切ったんです。たとえば、入居者の中でできる人が「ちょっと電気直しときましたよ」となればいいですよね。みなさんに苦労を課すわけではないですが、暮らしを楽しみながら、違う管理のかたちができたらいいなと思ったんです。

 

永井──そのひとつの方法として、各部屋がDIY可能になっています。

 

飯田──管理費を払うかわりに、他人が業務として清掃や管理をすることが普通になりすぎてしまっていて、自分たちの家なのに人任せになっていますよね。

 

下吹越──全てが管理された社会の中で生活することに多くの方が息苦しさのようなものを感じていると思います。しかし、池田さんの自主管理の話は、「自分たちの生活の場を自分たちのできる範囲で整えていく、自分たちのペースで思い通りにつくっていこう」とおっしゃっているわけで。こんな当たり前のことをどうしてできなくなってしまったんだろうと、現代の日本の社会の課題を指摘されている気がします。

 

池田──逆に若い方にとって、欅の音terraceのような自由に部屋をつくれる場所はどうですか?

 

桜本──実際にお部屋を見させていただいて、自分で暮らしながら変えていくことに魅力を感じられたんですが、セキュリティ面やプライバシーのことを考えると躊躇してしまうのかなと、入居者さんにお話を伺って感じました。ひとり暮らしをしていると、周りとの関係性が希薄化することはありますし、新しい入居者の方が地域にスムーズに馴染めていけるかというと、そうではないと感じる面もあります。欅の音terraceのような暮らし方があることは、地域のためにもいいことではないのかと思いました。

 

池田──セキュリティ面に関して、私は隣に知らない人が住んでいるのにオートロックだから安心というのは少し違うのかなと感じています。

 

若林──欅の音terraceだと「怪しい人が来た!!」とか、すぐに入居者さんたちの中でSNSなどで連絡がまわりますからね。

 

飯田──今回入居者の方にもお話を伺って、みなさん「こんなに仲良くなるとは思わなかった、毎日すごく楽しい」とおっしゃっていました。逆にこれまでやられてみて、ここが課題だなとか、困ったことなどありますか。

 

永井──マルシェと平日では人出が著しく違うので、お店をやっている入居者さんたちは焦りや不安があると思います。どうしたらもっとお客さんに来てもらえるか、周囲に認知させるのかと、今後話し合っていかなくてはならないと思います。

 

若林──あとはイベントの企画にしろ、そのときの状況によって入居者のなかでも温度差が出てくると思うんですね。でも、それを同じレベルに合わせようとするんじゃなくて、「それは仕方ないよね」と互いを認める姿勢が重要です。ひとりひとりが違うモチベーションで、無理のないよう、やりたいように、ここで暮らしていくことが大前提なので。なるべくそういった仕組みをつくっていきたいですね。

 

下吹越──もう1つお伺いしたいのですが、欅の音terraceは、いわゆる地縁・血縁といった旧来のコミュニティに密接な関係をもつ昔ながらの商店街と違って、そういうものには束縛されていません。なので、コミュニティの構成員が10年くらいのスパンで更新していく可能性もあるように見えるんです。通常のアパートと違って、人とお店の入れ替わりは全体への影響が大きいような気がしますが、そういった変化に対して不安に感じることはありますか?

 

永井──おっしゃる通り、旧来のコミュニティには縛られずに済みます。そもそも賃貸なので、何か問題があった場合、離れようと思えば離れられますが、お店の経営がうまくいって、新しく自分で別の場所にお店を構えたいということで、入居者さんが旅立ってくれるのが理想ですね。

 

池田──一般論としては、大家さんは「早くに安定させたい」というのがあるんでしょうが、私は変化していくほうが好きなんです。常に変化し続けたいと思っているので、人が変われば自ずと雰囲気も変わります。それを楽しみたいなと思っているので、あまり不安に感じたことはありません。

 

下吹越──自主管理のルールや取り決めは、構成メンバーが変わるたびに変化しそうです。人の関係が常に揺れ動いているダイナミズムみたいなものが運営にも内在していて、それがこの場所のおもしろいところなのではないかと感じます。

 

 

永井──池田さんはシンプルに仲間をつくりたいという一心でこういう形にしたんですよね。

 

池田──そうです!世の中マンパワーじゃないですか。絶対に人が大切ですよ。

 

飯田──欅の音terraceをつくるときに、地域もよくしたいとおっしゃっていましたが、今後の展望や近隣でこういったリノベーションの計画はありますか?

 

若林──近くの池田さんの所有しているアパートに、シェアキッチンをつくろうと計画しています。欅の音terraceのDoスペース(多目的共用スペース)だけでは、何かつくるにしても広さが足りないとのことで、入居者さんのなかで「もっと広いスペースがあったらいいな」という希望が生まれました。ですから、シェアキッチンを欅の音terraceのみなさんとつくることになったんです。地域の方もそこを借りて、マルシェのときにつくったものを売ってもらってもおもしろいと思います。

 

池田──何十年も同じ場所に住んでいると、そこ特有の暮らしの楽しさがあると思うんです。ご近所さんがたくさんいて、周囲が変化すると自分の生活も変化しますし、成長してやっと徐々に色々なことが見えるようになって楽しさに気づくんです。しかし高齢化すると、できることが徐々に減っていきます。昔は、母も積極的に事業を行なっていました。ほとんどのアパートは母が建てたものです。ですが、街とその暮らしに関わっていくことが、できなくなっていくのは誰もが通る道なんです。私は衣食住の「住」というところで、何か変えていけたらなとすごく思います。若い方は元気があります。若い方にも早く街の楽しさを発見していただいて、将来、少しでも元気なコミュニティができたらいいなと感じています。

 

[2019.08.10,欅の音terraceにて]

インタビュアー:下吹越武人・飯田彩・川田優太郎・イン チユ・桜本知佳

文責:川田優太郎

 

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