街全体を仕事・生活のフィールドに

都心とは違う403の浜松での仕事のアウトプットの考え

 

下吹越──地域に入って、クライアントから仕事かどうかもわからない相談を受け、それがいつの間にか仕事に変わるわけだけども、3人の間ではどのような議論をしているのか、もしくはどんな風に捉えながらプロジェクトを進めているのでしょうか。日常の連続から作品制作へ移る際に3人のチームならではの試行錯誤があれば教えて下さい。

 

インタビューに答える彌田さん

彌田──その辺りはそれぞれ感覚が違うかもしれないですね。仕事に変わったときは、まず初めに改めてヒアリングを行いますが、日頃、クライアントから聞いていた話が出なかったりもする訳です。そんな時にあの時こうも言ってましたよねと切り出したりします。本来、話題にならなかったことを考えるとその時はクライアントの視点に立っていると言えます。それと同様に、日常的にその場を体験していることでまた違った視点でその場所の良い所や悪い所が見えていて、設計者でもあることも含めると3つの視点が自分の中にあることになります。議論の場では、折を見て設計者とは異なる立場での意見を投げかけたりしているのですが、それはきっと日常的な経験から得た視点もプロジェクトの拠り所となるコンテクストだと思っているからだと思います。そういう異なる視点を日常の連続の中から得ながら、最終的に設計者として判断したものを提案しています。それは、僕たちにとっては地続き、あるいは相対化されたものなのですが、設計者の視点を通すことである意味作品的になっているのかもしれません。

 

下吹越──いわゆる作家主義の作品ではなくて、日常の連続の中で取り組んでいる仕事をどこかできちっと切り取って見せる、切り取ることで思想的背景や態度、クオリティなどを現していく。それはメディアに対する戦略とかそういうことではなくて、3人の仕事に社会性や批評性を獲得するための手続きだと思うし、3人はそうした手続きを結構自覚的にやっているんじゃないかと思いました。自分たちが取り組んでいる仕事に対してその都度その都度建築として組み立てる、まさしくアーキテクチャのように積み上げて、構築していくという作業をやっている感じがします。そこに対する意識がすごく高い人たちだと僕は思っているんです。一方で3人いるから、徹底的に議論しないとなかなかできないことだろうなとも思っていて、そのあたりのコミュニケーションはどのようにとっているんですか?

 

橋本──実際プロジェクトを通して一番純粋に議論するのは、ある程度かたちになってから名前をつける時ですね。これって何をやろうとしたのかと考える時にようやくプロジェクトの枠組みがあきらかになってきて、それが名前の根拠になったりする。クライアントが望んでいることや法規やスケジュール、あるいは性能や予算など、プロジェクトを進めている時はやらなきゃいけない、解決しなきゃいけないことに振り回されるわけですけど、それがある程度落ち着き、一体何をやれたのか、やろうとしたのかを話すタイミングがあって、その時にある種の作品化というか、やろうとしていたことがとりあえず定まります。ですがひとつのプロジェクトだけ話してもあまり伝わらなくて、この5つを組み合わせて話すとやっと伝えられる、というようなことに関心を持っているんです。またプロジェクトはそれぞれ複合的な側面をもっているので、それらを組み替えるとまたちょっと違うことが言えたりして、結果的に即物的なマテリアルの話から、捉えどころのない都市の話までをシームレスにつなげて話せるというような実感があります。

 

インタビューに答える橋本さん

下吹越──建築家の仕事は作品毎に評価するのは難しくて、その連続の中で理解していくという視点を持たないとその建築家の本質的な部分を見逃してしまうと思っています。403の仕事は予算も厳しいだろうし、クライアントの要望も断片的なので、ひとつの作品で403の全体性を読み取るのは極めて難しい。各プロジェクトに分散された建築的エッセンスを集めた時に全体が見えてくるという説明はよくわかります。それでもう1つ、403の作品は、浜松の商店街を中心とした人的ネットワークと結びつきが強いと思いますが、作品という観点から見てそれが相互にどのような影響や関係性を及ぼしているのか、つまり、プロジェクトが継続することでものの作り方が変わったとか、評価や判断が変わっていくとか、そういうことはありますか?

 

彌田──自分たちの価値観が変わっていくかっていうことですかね?

 

下吹越──そうですね。

 

橋本──僕らのプロジェクトを一度地図上にプロットしたことがあります。だいたい3分の1くらいがこの事務所から1キロ圏内くらいにあるんですよ。もう3分の1が10キロ圏内にあって、もう3分の1はそれより外にあるっていう感じです。遠方もそれなりにあるんですけど、事務所に近いほど多いという分布の仕方をしていて、その偏りは他の設計事務所よりも極端なのではないかと思っています。そうすると、1回やっただけではわからなかったことが徐々にわかったり、別の地域との違いや、似たような問題の発見などの相対化がしやすかったり、ある程度継続して繰り返し近い場所で取り組む利点はありますね。よく思うのは、リサーチがあってデザインするという順番があるわけではなく、つくることそのものがある種のリサーチとして機能していて、次のプロジェクトにまた生かされるので、ずーっとリサーチをしながらつくっているみたいな感覚です。

 

彌田──そんなリサーチの一つとして市街地の防火帯建築が見えてきました。防火帯建築自体は、戦後の全国的な施策ですが、取り壊しや空き家化することなくその多くが現在でもきちんと使われているのは珍しいことのようです。バラ板を型枠にし打たれたコンクリートやスチール窓、研ぎ出しの床など今ではなかなか出来ない仕様で魅力を感じていました。少し話はずれるかもしれませんが、独立当初からお世話になっている商店街の会長さんがいて、その方は最初は防火帯建築の何がいいんだろうと思っていたらしいんです。けど、僕らのプロジェクトを見ているうちに段々と良く思えてきたと言っていただき、最近では自治体に防火帯建築は遺産だから残したほうがいいと話してくれてたりもしているようです(笑)。

 

下吹越──それは最高の褒め言葉ですね。そういう新しい価値観が共有され始めたということですね。

 

彌田──今だとまだ昭和の建物だけど、もう50年経てば昔の建物になるわけだから、残す価値もあるのではないかと言ってくださっています。

 

カギヤビル                                                         photo:kentahasegawa

下吹越──2019年に平成は終わるので来年以降、昭和は2世代前になるんですね。確かに昭和の建物は歴史的建造物に仲間入りする可能性がある。今でいう大正に当たるわけですからね(笑)。

 

彌田──多分僕たちもその方と同様にプロジェクトを通して、今あるものの見方が変化していると思います。

 

下吹越──それは間違いなくそうですよね。

 

辻──そういう価値観が変わるような影響というのは、日常の中ではなかなか感じられなくて、実際具体的にどう影響して、街がどう変わるかとか、プロジェクトによって街が変わっていく実感はそこまでありません。でも、その会長の話は少なからず影響を与えられたような感じがして、嬉しいですね。

 

下吹越──プロジェクトを通して古い建物がもつ社会資源としての可能性を読み取る力が一般の人にも伝搬できるってことは本当にすごいことだと思います。

 

辻──建物の可能性を読む判断基準は一連のプロジェクトの経験の中で芽生えたんだと思います。

 

下吹越──古い建物を見て、あれは手を入れたほうがいい、あれは潰したほうがいいという判断が、一般社会で議論できるようになるとすごいことですよね。

 

辻──それを狙ってプロジェクトを展開するのは難しいんですけど、プロジェクトが終わった後に評価する基準として、街を観察できるような視点を添えつつそのプロジェクトが成立しているかどうか、というのは重要なポイントだと感じるようになりました。

 

下吹越──ワークプレイスの調査を始めた時、ハンナ・アーレントのワークをどう解釈すべきか、研究室ではそこから考えていかざるを得ないだろうという話をしていたのですが、彼女が書いた「人間の条件」からもいろんな読み取り方ができます。誤解を恐れずに建築の領域に当てはめて読み替えると、仕事(work)とは、建築を通して現れるその時代の物事の見方や判断基準、価値観などが共有されて、その場所に我々人間より長い寿命で定着して残っていくものとして捉えると良いのではないかと考えました。先程の会長の話を聞くと、今お話ししたワークプレイスという概念が理想的なかたちで実体化しているのかもしれないですね。物をつくるよりも物の見方や在り方の基準をつくる、価値観をつくる。しかもそれが新しい物だけではなくて古い物の見方まで共有できる尺度を提示したいという意図が403の仕事を通して伝わってきます。

 

彌田──とても嬉しいお言葉です。浜松の市街地では店主さんたちが高齢化し、お店をたたむことを考えている人が増えていて、これから街が大きく変化するのではないかと思います。本当はそういう時期だからこそ、残していくべきものは何かということを、当事者の方々が議論しないといけないのではないかと思います。でもすごくナイーブな問題なので、なかなかそれは言い出せないというのも分かります。そんな中で、例えば自分たちの活動が街の在り方の価値観をつくる一つのきっかけになるのであれば最高だなとは思います。

 

下吹越──いつか突然403の世界観が浜松全体で共有できるようになるのかもしれないですね。こうやって建物や街を見ればいいんだって。

 

403にとってのワークプレイスとは

 

葛西──最後に、皆さんにとってワークプレイスとはなんでしょうか?働き方と場所の関係性についてお聞きできればと思います。

 

辻──いつも言っていることではあるんですけど、僕たちにとっては浜松自体が師匠みたいな感じなので、ワークプレイスは判断基準を築く場所かな。それは建築家としての判断基準ももちろんそうなんですけど、商売や人付き合いなどの判断基準から生きていく術みたいなものまで広く教わっている、そういう感じですかね。

 

インタビューに答える辻さん

葛西──教えられながら地域の中で働いていくみたいな感じでしょうか。

 

辻──そうですね。築き上げた判断基準をどこかに還流させたいという思いもあります。学んでいるばかりだともったいない感じもありますし、8年もやってきているので、それを違った形で、浜松も含めたいろいろな都市に還流できたらいいなと思います。

 

橋本──僕も近いとは思うんですけど、自分が働きかける場所と場所から働きかけられて自分が変わるみたいなフィードバックができるところです。ただ一方的につくる、一方的に学ぶっていうよりはつくったことによって学び、学んだことによってまたつくれる、そういう循環している場所です。

 

彌田──2人が言っていることにとても共感します。その上で、下吹越さんもおっしゃっていたように商店街のおばぁちゃんが息をするように働いているという感覚が自分の中にもあります。つまり、働くことと生活することが大きく重なり合っているのだと思います。なので、ただ生活しているだけと思っていたのに、振り返ると、自分の仕事に生かされていたり、反対に仕事をしていたら生活が豊かになったりといった行き来を感じます。仕事と生活が互いに互いを更新していくこの場所から考えると、ワークプレイスというのは未完の場所、完成しない場所だなって思います。

 

[2018.07.31,403architecture[dajiba]にて]

インタビュアー:下吹越武人・葛西孝憲・熊谷浩紀・近藤有希子

文責:葛西孝憲

 

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