働き方の多様性生む、狩猟採集型社会へ回帰

 

藪前知子

東京生まれ。東京都現代美術館学芸員。学生時代は美術史の研究を行い、2004年より同美術館の学芸員。 現在清澄白河に在住。

 

東京都江東区にある清澄白河エリアは、木場(貯木場)を中心とした材木のまちだったが、 地下鉄の清澄白河駅の開業や、話題となったサードウェーブコーヒー店の進出をきっか けに多くの人が訪れるまちとなった。それにともない現在さまざまなアートや街歩きイベントなどが行われている。清澄白河は、なぜこれほど注目されるまちへと変わっていったのか。アートの視点から場所とワークの関係を考えるために、東京都現代美術館(以下、MOT)の学芸員である藪前知子さんにお話を伺った。

 

 

吉田育未(以下.吉田)──まず、現在清澄白河が現在盛り上がっているきっかけみたいなものがあれば教えてください。

 

藪前知子(以下.藪前)──清澄白河は江戸時代から昭和にかけては深川の一部として、木場の材木商が立ち並ぶ街でもあり、栄えてきましたが、現在は静かな住宅街として、チェーン店もなく、門前仲町や森下など栄えている街の中間地域という感じでした。大きい建物は天井高が高 い材木置場くらいで、そこにブルーボトルコーヒーを含むサードウェーブコ ーヒーと呼ばれたりするコーヒーの焙煎所が、2015年の半年くらいの間で同じ通りに 3 店できました。清澄白河という地名ももともとは存在しておらず、2000年に都営地下鉄大江戸線が開業した際に隣接する清澄と白河という地名をつなげてできた駅名です。その名前の響きのよさも あって急速にブランディングされたという感じでしょうか。

 

下吹越武人(以下.下吹越)──コーヒー屋さんができる前は本当に何もなかったのですか?

 

藪前──チェーン店などはなくて、シャッター街に近い状態になっている商店街があったのですが、そこの商店街の会長さんがアイデアマンで、その方が美術館にも積極的に関わってくださったり、街のイベントを催したり、結果的には変化に対応するキーパーソンになってくださっていきました。その方のお話で、ある時商店街に 100 円ローソンができたのですが、普通商店街としては招かれざる客のはずなのですが、会長さんは、こういう大手はきちっとリサーチするはずだから、「まだこの街は死んでいない」と判断されたんですね。その通りになっていった感じですね。

 

 

MOT サテライトについて

 

吉田──MOT の休館中(2016 年 5 月 30 日~2019 年 3 月)に街に出て展示を行う MOT サテライトは藪前さんが携われていますが、MOT サテライトは通常の展覧会のプロセスとはどのように異なるのでしょうか。

 

藪前──通常の美術館はホワイトキューブによる展示が主流で、これは作品を文脈から切り離すための装置であるといえます。例えば、ルネッサンスの時代には作品は貴族の邸宅で貴族のために飾られているものだったりするわけですよね。今、街に出るということは、誰に向けて作品はつくられるのか、 どこでそれを展示するのか、その作品を中心とした関係のネットワークをあらわにするような方法だと思います。美術館のホワイトキューブでは、そのあたりのネットワークは抽象化されています。でも、地域でやるということは、一番の受け手がその地域で生活している人たちであることを、作家たちも意識し制作するということは大きな違いかなと思います。

 

吉田──通常の展覧会より難しいことはありますか。

 

藪前──現代美術の特徴は今この時代への批評的視点を含みます。ただ、外から来た人たちによる地域批判というのも違うし、なんの刺激もないただキレイで甘ったるいものであってもいけない。そこにギリギリ成立する批評性みたいなポイントを作家と探るのが難しいところでした。

 

吉田──地域の人が展覧会に関わることはありますか。

 

藪前──作品が 1 つの触媒となって地域の人達がその作品のために動いてくれたりします。 あるいは、作品ができた後も、それを通して地域の歴史や思い出を新旧の住民で共有することができたり、地域の姿を一歩引いた目で見たりすることができるようになります。展示作品の中には航空写真で新木場からかつての木場までを辿り、地形に残っている共同体の歴史を写し取る作品がありました。今ではまちのメインの通りとなった深川資料館通りでそれを見ながら、たまたまそこに来ていた古い住民の方が、「昔はこうだった」と新しい住民の方たちに説明したりする一幕もありました。

 

飯田彩(以下.飯田)──お店で展示をさせてくださいといったお願いをされた時の地域の皆さんの反応はどうでしたか。

 

藪前──小さなエリアでやったということもありますが、MOTは既に20年ほどこの場所で活動していますので、お付き合いさせていただいているネットワークがあらかじめあり、好意的に見てくださったということはあります。作品について質問されることを想 定して独自に解説書をつくってくれたクリーニング屋さんがいらっしゃったり、 下町なので、「大変だったわよ」みたいなこともポンポンと言ってくださいます。たしかに、人がたくさん来て大変だったとは思いますが、そこも含めて現代美術という領域をもとから知ってくださっている人たちだったというのはやりやすかったかなと思います。

 

飯田──この20年間の美術館の実績があっての活動だということですかね。

 

藪前──そうだと思います。

 

下吹越──金沢21世紀美術館ができる時に、金沢では地域の人たちは近代美術までは造詣が深いけれど、現代美術は全く受け入れられないのではないかという危機感から、金沢市 民芸術村を中心にして戦略的に現代美術の様々な企画を行い、少しづつ皆さんの抵抗感 をときほぐしていったこと聞きました。MOTサテライトにもそうした啓蒙的なねらいは ありますか。

 

藪前──もちろんあります。15 年くらい前にMOTでピカソの展覧会を新聞社の主催で行ったときに、近所の和菓子屋さんから、「おたくもようやくピカソをやらせてもらえるようになったのね」と言われました(笑)。有名なアーティストの展覧会をやらせてもらえないから、わけの分からない展示をしていると思っておられたようです。 現代アートはある程度、見るためのレッスン、リテラシーが必要な領域なので、啓蒙的な内容になることもあります。最近ではMOTも子どものための展覧会などを 行っています。 地域の人たちと話すと、「MOT には、ジブリの展覧会か、ディズニーの展覧会くらいしか来たことがないという方がほとんどというのが残念ながら現状ではあります。」という話がほとんどです。もうちょっと頑張らないといけないですね。

 

下吹越──休館中に実施している地域に開く芸術祭という形式はそういう意図があったんですね。

 

藪前──美術館まで行って観るのはちょっと敷居が高くても、MOT サテライトのように街の一角ですと、自分のうちの近くでやっているから見よう、商店街の通りでやっているから見よう、ということは起きたのかなと思いました。

 

MOT サテライト 2018 の様子。街なかに突如現れる、アートスポット

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地域の魅力の再発見できるアート

 

飯田──MOT サテライトによって地域に何かしらのタネが蒔かれたと思うので、きっと美術館の中の方も外の方も意識が変わってくると思います。

 

藪前──MOTサテライトの前から、ここはお祭りの盛んな場所ですから、コミュニティの中で様々な集まりがすでに行われて来ました。例えば資料館通り商店街では、「深川美楽市」という地域のクリエイターを集めた青空市場みたいなものも。今後はそういう人達とも協働ができたりするといいかもしれません。美術館の活動が、まちの方たちが主体的になにかアクションを起こしていく触媒になるといいですね。それから、美術館が休館ということもあって清澄白河周辺はアート活動が減ってきています。MOT サテライトを通して清澄白河が 1 つの文化圏として認知されたら、いろいろな人たちがまたそこに来てくれる のではないかという期待もあります。 たとえば「深川ヒトトナリ」という、人にフォーカスしてそれを皆で巡る町歩きイベント が、2回目のMOTサテライトの最終日に合わせて開催されました。MOT サテライトの経験がこうしたプロジェクトを街で起こすきっかけになるといいなと思います。私の住んでいる界隈も、この 3 年くらいの間に建物が建て替わっていたり、早いスピードで街が変わっています。 一方で私たちからみたらすごく魅力的に見える建物が空き家になっています。 年配の方が所有しているケースが多いそうですが、貸せる状態にするための資金力も労力もないので、そのまま寝かせているという状況で す。MOT サテライトの 1 回目では、地域の空き家の活用ということも重視しました。空き家をそのまま貸してもらい活用することで、街の魅力を作っているものが何なのかを考えるきっかけができればいいというのが、重要な狙いとしてありました。 たとえば MOT サテライト 1 回目 では、元駄菓子屋さんの可愛い物件に、miri-meterという 建築や都市計画の分野で活躍しているユニットが手を加えたのですが、私たちが使った後に、大家さんのご親戚が手を入れて住んでくださっていると聞きました。

 

下吹越──地域にはいろいろなリソースがありますが、アートはその魅力をぱっと浮き上が らせる力があり、毎日目の前を通っていたのに、ある日突然「ここいいじゃん!」という風に気付かせる力を持っていることを示す良い例ですね。

 

藪前──そうですね。

 

深川ヒトトナリ開催時の様子。かなり多くの人が集まっています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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