自己をアイデンティファイする「ワーク」とは?

 

馬場正尊

オープン・エー代表取締役/建築家 /東北芸術工科大学教授
1968年佐賀生まれ。1994年早稲田大学大学院建築学科修了。博報堂、早稲田大学博士課程、雑誌『A』編集長を経て、2003年オープン・エーを設立。 都市の空地を発見するサイト「東京R不動産」を運営。東京のイーストサイド、日本橋や神田の空きビルを時限的にギャラリーにするイベント、CET(Central East Tokyo)のディレクターなども務め、建築設計を基軸にしながら、メディアや不動産などを横断しながら活動している。

 

 

各回のインタビューの内容を振り返りながら、馬場正尊さんとこれからのワークプレイスとは何かを考えてきたAfter talk。全6回のインタビューを終えて、馬場正尊さんと全体を振り返ります。

 

 

馬場──全6回のインタビューの内容を見せていただいて、僕も下吹越さんと思考回路が似ているところがあるとあらためて思いました。仕事の性質上、最終的に表出するのは空間のデザインや風景だと思うのですが、それは氷山の一角でしかなく、ひとつの風景にたどり着くためのプロセスの中に、組織やマネジメントや社会との付き合い方の試行錯誤を重視しています。僕自身も仕事をどう進めるかということが、結果的に実験となっていて、たとえば僕が代表を務めるOpen A(オープン・エー)という設計事務所は、ネットワーク型会社集積体として成り立っています。

なぜこうなったかというと、自分自身が最初に大きい会社に入って、大きい会社の矛盾をたくさん見たからです。僕が入社して間もなく会社が上場したので、いきなり制度だらけになり、何のために働いているのかわからず、戸惑いました。独立してからはR不動産、Open Aなどを始めることになりますが、ひとつの会社にならずにどんどん増えています。Open A、R不動産、ツールボックス、Rスタジオなど、いくつもの会社がネットワークになっていて全体像すらつかめず、今はただ調和とバランスの中でなんとなく全体が存在できればよいと思っています。とはいえそことどのような契約やルールを持ってネットワークしておけばいいのかを考える必要があります。僕らの組織はスケールを望んでいないので、スケール重視型の資本主義の遡上にはありません。自分たちを何と呼べばよいのかわかりませんが、業態が違うだけで、コーヒー屋さんからお米屋さんへと増えていく感覚と少し相似的なところはあるのかもしれないですよね。そのような緩やかな関係性が生み出す働く空間、ワークプレイスはどのような風景、空間にすれば成り立つのかということには興味があります。

これまでの話で、狩猟採集型生活というテーマでワークプレイスを見ると、今のシェアオフィスや、ワークスペースの都市空間化がわかりますよね。腑に落ちます。

 

下吹越──まだうまく説明できないのですが、アイデンティティというのは今も場所と密接な関わりがあるのではないかという気がしています。たとえば、生まれ育った場所はその人の人格形成に深く関わっているけれど、昔のような地縁がなくなったときに、もう1回自身と場所との関係性を、能動的に自分たちでデザインできるような時代になってきています。昔は場所から離れられず、その状況に不自由さを感じていましたが、場所や物などに自分の生活を自由に重ね合わせ、アイデンティティ、生き方、人となりを深いところで再構築するようなイメージです。たとえば自宅も地域社会とあまり関わっていなくて、仕事もオフィスの中で完結してしまう社会にいる場合、その人たちは、一体自分は何者か、という説明に苦労するのではないでしょうか。特に若い世代で、アイデンティティを自分でもう1回デザインするという意味で、仕事場を場所と紐づけていくという傾向へセンシティブに向かっているような印象があります。

たとえば、馬場さんが最初に日本橋エリアのリノベーションを始めたのも、いろいろな偶然やきっかけがあるにはせよ、日本橋という場所が馬場さんの建築家としての興味や今後の展開を考えるうえで、非常にフィットする場所だったはずです。かざはやファクトリーの人や、他の人を見ていてもやはりアイデンティティをどうデザインするかということに対して意識的な人たちだと思いました。

 

馬場──アイデンティティというのは、そのような表現があるんですね。あらためて思ったのですが、どんな組織に所属しているかや、職能が何か、というものが一般的なアイデンティティのタグとして社会から求められていました。しかし、それすら疑ってよいはずなんです。たしかに、所属や職能に依らないアイデンティティがあってもいいわけで、それをいかに許容する社会になっていくかということを、落合陽一さんが言っていた気がします。近年AIなどの技術が進んで、暇な人が膨大に出てくると、アイデンティティの打ち出し方というものも問われますね。

 

下吹越──「今IT関連の仕事をやっています」と言っても、それはアイデンティティに紐づけられないくらい仕事が複雑に拡大しているし、所属する組織が個人のアイデンティティをかき消すほどの巨大産業になっています。資本主義社会が進めば進むほど、人間は新たなアイデンティティのタグを求めている気がします。インタビューをしていても、その顕著な傾向として、場所へのこだわりが新しいアイデンティティのかたちとして現れていると感じました。

 

馬場──そこで場所が出てくるのはおもしろいですね。大学院生の時に、所属していた石山研究室に建築家の安藤忠雄さんから電話があったのですが、安藤さんは「大阪の安藤です」と自己紹介するんです。それを聞いて、昔は「長州の高杉晋作です」とか、「土佐の坂本龍馬です」と言っていたなと思いました。当時はまだ地縁が強かったということもあるんですが、要するに、仕事じゃなくて、土地がアイデンティティを表象するというのは昔から変わらないのかもしれません。

江戸時代は土地が重要で、近代は仕事や鉄工業などの業態が重要だったんです。それが現代になってくると、会社、所属が重要になり、次の時代は何をアイデンティファイして自己紹介する社会になるのかを考えるとおもしろいです。

 

飯田──最近、副業を認める企業が増えていて、そうすると副業のほうが、「副」ではなく「メイン」、つまり自分のアイデンティティを表すものになっていくかもしれませんね。採用活動でも、「うちは副業をオッケーにしていますよ」ということが志望者へのアピールになるそうです。会社に勤めながら、自分のアイデンティティとなる活動もできることをメリットと考えて、その会社を選ぶという学生も増えているらしいです。

 

馬場──会社員になることは普通になって、自己紹介する時に副業を述べる可能性があるってことですよね。

 

飯田──そうですね。これまでと表裏がひっくり替えってくるわけですね。

 

馬場──アイデンティティによって仕事という概念が揺さぶられているんですね。

 

下吹越──僕らが今回の議論で「ワーク」の定義付けとしてハンナ・アーレントを参照するのも、仕事を労働ではなく作品として位置づけようとしているからです。副業の方が自身の仕事らしいなど、自分が能動的に関わっていくものを仕事と捉えた方が現代の状況を読み取りやすいというところもあると考えます 。

 

馬場──話を聞いているうちに、事務所のみんなに「自己をアイデンティファイして」って言ってみようかなと思いました。一方で、管理する側の立場からすると、それが行き過ぎると組織としてのバランスはどうなるのだろうかと思いましたが、おそらく大企業だったら引き裂かれてしまいますよね。

 

下吹越──大企業は効率性を重視して、アバターのようにスタッフを配置していますからね。

 

馬場──そもそもアイデンティティを剥奪した状態からプログラムを考えているわけですね。そこの矛盾がおもしろいところです。その矛盾が消失したような空間がおもしろいのかもしれないですけど。

 

下吹越──狩猟採集型の生活にはアイデンティティなんて必要なかったんです。その後、定住社会に移行して、資本主義社会を通過した後、もう1度狩猟採集型社会に戻ると言っても、そのまま昔に戻るわけではなくて、アイデンティティを持った人たちが狩猟採集型の動きをしているということだと思うんですよ。それはやはり新しいことだと感じます。

 

馬場──昔の狩猟採集型の時代はそもそも社会が成り立っていないのでマネジメントしようとする力学がない状態だけれども、僕らの狩猟採集型社会はマネジメントしたい、統一したいというグローバリズムの圧力との狭間の中で成り立っているわけです。それはどういった空間でしょね。たぶん、どちらが勝っても不幸ですよね。

 

下吹越──馬場さんが言う通り、資本主義というのは強力なシステムなので否が応でも付き合わなきゃいけないわけですよ。まさしく狭間という感じでしょうね。

 

馬場──そこの空間を探求するのがおもしろいですよね 。

 

飯田──こうしてすべてのインタビューの内容をまとめてみると、そこから現在の状況が俯瞰的に見えてくるというのがおもしろいですね。

 

馬場──インタビュイーのチョイスがおもしろいですね。

 

下吹越──来年も継続して展開していくと思いますので、忙しいとは思いますが、また協力していただけたらと思います。

 

馬場──こちらも楽しいし、気づきもあるので、ぜひよろしくお願いします。

 

 

[2018.09.25,open Aにて]

インタビュアー:下吹越武人・飯田彩・吉田育未・熊谷浩紀・近藤有希子・万柳慧・

葛西孝憲・川田優太郎・畠山かおり・大江和希

文責:飯田彩